25年3月下旬、七尾の合奏団オルビスの団長さんが、被害が最も甚大だった珠洲まで連れて行って下さいました。震災後初めて訪れた地域の被災状況を目の当たりにし、想像以上の酷さに2人とも絶句でした。
まずは七尾市内。
敷石がガタガタで水たまりだらけだった歩道は、アスファルトを敷き直してとりあえずは通行が楽になり、景観もスッキリしました。これだけでも気持ちが前向きになります。

↓

出口が崖崩れで塞がったトンネル

見附島
もう少し角張った岩だったらしいのですが、崩れて樹木も少なくなってしまいました。
手前の鐘も無惨

橋と道路に段差ができて通行できない橋、橋桁には9月豪雨の流木が引っかかったまま。
ほとんどの橋がこうなってしまったため、地震直後の救助隊がなかなか現場に入れなかった原因になりました。


珠洲の地域は珪藻土の地層です。耐熱性、調湿性に優れているので、七輪や洗面所のタイルなどに利用される土。うちのトイレにも珪藻土タイルを貼っています。
崩れやすい性質でもあるようで、ともかく酷いのが山崩れ。
沿岸の崖がことごとく崩れていて、いつまた崩れてもおかしくない状況のまま、その直下に新しい道路や仮設住宅などがあります。そこを通ったり住んだりする人には命の保障はしません、と言われているみたい。仕方ない気もするけど…




隆起した海岸も広大で、そこに降りることができました。一瞬でこうなってしまったというのがどうしても信じられません。

塩田は一応復旧して生産再開できているところもあるようです。ここは道の駅にもなっている塩田村で、観光客は今はここまで来られないので、資料館や体験コーナーは休業中。トイレと小さい売店のみ開いていました。


昨年7月には海沿いの主要道路の路肩に延々と敷設されていた青い水道管があまり見当たりません。やはり豪雨で流されてしまったのでしょうか。聞くところによると、珠洲地域では未だ半数くらいの家に水が通ってないというお話もあります。

輪島朝市と横倒しになっていた建物は片付けが終わっています。壊れた家々の解体が進み空き地も目立ち始めました。

↓


↓

今回巡った感想として、街の中心部はさすがに復旧して活気が戻りつつある一方で、壊れた家々が放置されて人気がなく廃村状態の集落もあり、復旧程度のばらつきを感じました。地震以前からの過疎問題がますます露呈しているのだと思います(東日本大震災でも全く同じことを感じた)。
最後に、能登のソウルフード「8番ラーメン」のご紹介

野菜ラーメンが基本で、スープが塩、醤油、味噌から選べて、色々な具材を増し増しにすることもできます。私(手前)は塩味でチャーシュー増し増し、合奏団長(向こう)は醤油で野菜増し増し。団長さんは高校生時に学校帰りによくこのラーメンで小腹を満たしていたそうです。そんな話をしながら懐かしそうに頬張る姿に深い郷土愛を感じ、能登を助けたい、復興させたいと心の底から思っているんだなあと、ラーメンの味と共に脳裏に焼き付けて帰京しました。
まずは七尾市内。
敷石がガタガタで水たまりだらけだった歩道は、アスファルトを敷き直してとりあえずは通行が楽になり、景観もスッキリしました。これだけでも気持ちが前向きになります。

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出口が崖崩れで塞がったトンネル

見附島
もう少し角張った岩だったらしいのですが、崩れて樹木も少なくなってしまいました。
手前の鐘も無惨

橋と道路に段差ができて通行できない橋、橋桁には9月豪雨の流木が引っかかったまま。
ほとんどの橋がこうなってしまったため、地震直後の救助隊がなかなか現場に入れなかった原因になりました。


珠洲の地域は珪藻土の地層です。耐熱性、調湿性に優れているので、七輪や洗面所のタイルなどに利用される土。うちのトイレにも珪藻土タイルを貼っています。
崩れやすい性質でもあるようで、ともかく酷いのが山崩れ。
沿岸の崖がことごとく崩れていて、いつまた崩れてもおかしくない状況のまま、その直下に新しい道路や仮設住宅などがあります。そこを通ったり住んだりする人には命の保障はしません、と言われているみたい。仕方ない気もするけど…
臨時の道路は、海岸線の際に数キロ間作ってあって、想像よりずっと長いです。大型車両の搬入に困難を極めていた中で、数ヶ月でここまでちゃんとしたきれいな道路を仕上げる日本の技術力と気合いには、無条件で感心しました。




隆起した海岸も広大で、そこに降りることができました。一瞬でこうなってしまったというのがどうしても信じられません。

塩田は一応復旧して生産再開できているところもあるようです。ここは道の駅にもなっている塩田村で、観光客は今はここまで来られないので、資料館や体験コーナーは休業中。トイレと小さい売店のみ開いていました。


昨年7月には海沿いの主要道路の路肩に延々と敷設されていた青い水道管があまり見当たりません。やはり豪雨で流されてしまったのでしょうか。聞くところによると、珠洲地域では未だ半数くらいの家に水が通ってないというお話もあります。

輪島朝市と横倒しになっていた建物は片付けが終わっています。壊れた家々の解体が進み空き地も目立ち始めました。

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今回巡った感想として、街の中心部はさすがに復旧して活気が戻りつつある一方で、壊れた家々が放置されて人気がなく廃村状態の集落もあり、復旧程度のばらつきを感じました。地震以前からの過疎問題がますます露呈しているのだと思います(東日本大震災でも全く同じことを感じた)。
最後に、能登のソウルフード「8番ラーメン」のご紹介

野菜ラーメンが基本で、スープが塩、醤油、味噌から選べて、色々な具材を増し増しにすることもできます。私(手前)は塩味でチャーシュー増し増し、合奏団長(向こう)は醤油で野菜増し増し。団長さんは高校生時に学校帰りによくこのラーメンで小腹を満たしていたそうです。そんな話をしながら懐かしそうに頬張る姿に深い郷土愛を感じ、能登を助けたい、復興させたいと心の底から思っているんだなあと、ラーメンの味と共に脳裏に焼き付けて帰京しました。
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