22年6月5日(日)コンサートのプログラムノートを転載いたします。曲目解説というよりも、私がこのコンサートを立ち上げるに至った動機や、選曲の経緯を中心にエッセイ風にまとめました。
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コンサート開催のご報告

「宝箱を開けて・・」
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「宝箱を開けて・・」
皆様、ご来場ありがとうございます。当会は、私のもう一つの顔(=ティーインストラクター)も生かしたお茶付きサロンコンサートとして2001年に開始し、形を変えながら今日に至っています。一昨年からのコロナ禍で自分の半生を振り返る事が多くなり、スタジオを開室してから10年の節目でもあるので、長らく貯め込んできた宝箱の整理をしてみることにしました。お宝達と久々に対面してみると、自分の経年変化(=成長?)が実感できたと共に音楽的嗜好もはっきりして、脈絡がないように思える曲目の中に、「楽曲の構造」と「ハーモニー」の二つの軸の存在が確認できます。以下、お宝にまつわるエピソードを交えながら話を進めていきます。
まずご紹介すべきは共演して下さる至宝達です。大学時代の先輩、同輩ですが、在学中からキラキラ輝いていて志がとてつもなく高く、それを貫いてきた現在、私の牛歩戦術ではとても追いつけない領域に到達されているのを目の当たりにし、在学時に「胸を借りて」ご一緒してから数十年、結局、再び胸を借りています。
ヒンデミット : ヴィオラソナタ 作品11-4
4歳でヴァイオリンを始め、17〜19世紀の美しい曲に慣れ親しんでいたところから、ヴィオラ専攻で大学に入学した途端、レッスン課題がバルトーク、ショスタコーヴィチetc.新しく複雑な作品のオンパレード。なかでも彼自身ヴィオラ奏者でもあったパウル・ヒンデミット(1895〜1963/ドイツ)には10曲を超えるヴィオラ曲があります。美しいヴィオラ曲って無いんかい!!と憤慨しつつ、どの曲も案外と面白がって取り組んだ事を思い出します。
ヒンデミットはヴァイオリニストとして楽壇に登場し、第一次大戦では軍楽隊として従軍した後、作曲家、指揮者、ヴィオラ奏者として活躍しました。しかし時事ネタを扱ったオペラがナチスの反感を買い、非ユダヤ系にも関わらず一時アメリカに亡命しました。第二次大戦後は欧州に戻り、1956年のウィーンフィル初来日公演では指揮者として帯同しました。
前衛音楽や人の内面をグロテスクに強調する「表現主義」全盛期にあって、彼はかなり穏健な方で、伝統と革新の共存を好みました。特筆すべきはバッハを模範にした対位法(複数の旋律で展開する技法)や変奏曲の秀逸さでしょう。
本日演奏する作品11-4のソナタは、誰もが認める古今ヴィオラ作品の最高峰です。第一次大戦直後の1919年、作曲活動のごく初期に書かれましたが、すでに並外れた作曲手腕を発揮しています。激しく転調を繰り返しながらも調和のとれたハーモニーが生かされている点は、後の彼の作品にはない特徴です。全3楽章が途切れなく演奏されます。幻想的な序章に続く第2〜3楽章の古い民謡風の旋律を基にした変則的な変奏曲は、各変奏がそれぞれ何か物言いだけな性格を備えており、全体を通して、他界して間もないドビュッシーの追憶にも思えるような「印象派」の色彩感が漂う楽曲です。
実は大学三年の公開試験時にこの作品で長尾氏と「初共演」を果たしました。この作品が宝箱から出してもらえたきっかけはその思い出ですが、若い頃に様々な師匠たちのアドバイスを頂戴したまま放置されているので、自分なりに整理するべきとモヤモヤしていた矢先でもありました。ところが譜面を開いてビックリ!! 過去の注意書きが全て消されているのです。恥ずかしながら全く記憶に無いながらも、その当時(たぶん20代後半頃)もこのお宝の価値は認識していて、整理するための最初の一歩を踏み出したまま放置したと思われます。XX年もかかってやっと本日、モヤモヤが解消される見込みです。
ブラームス : ホルン三重奏曲 作品40
自分史をもう少し遡ります。高校は普通科ながら音楽志望の学生がなぜか大勢いて、放課後には室内楽に興じ、文化祭で発表するなどしていました。孤独な練習の繰り返しとは対極な環境の中で心から音楽を楽しむことを知り、進路への意思を決定づけた三年間でした。入学早々にホルンの同級生に誘われて弾いたヨハネス・ブラームス(1833〜1897/ドイツ)のホルン三重奏曲が、人生初の室内楽体験でした。アンサンブルのイロハも知らずにただ楽しく弾いただけ。自分はヴィオラに転向してしまったので、この一回きりで終わりになるはずでしたが、この作品の価値を知るにつけ、またブラームス好きを公言している身としてやはりモヤモヤの一つでした。しかし作曲者本人の提案によりホルンはヴィオラに転用OKとなっているうえ、ご丁寧にピッツィカート(弦を指ではじく奏法)や重音など、ホルンではありえない音が書き加えられているではないですか。本日のモヤモヤ解消、第二弾。ちなみにヴィオラに転用と言えば、彼の晩年のクラリネットソナタ作品120もそうです。
この作品は、ブラームスが活動拠点を求めてあちこちに移り住んだ末に、終の住処となるウィーンにたどり着いて間もなくの1865年に書かれました。全4楽章が緩〜急〜緩〜急のバロック様式で構成され、第1楽章に配置されることが多いソナタ形式が最終楽章に配置されています。彼はドイツ南西部の保養地バーデンバーテンがお気に入りで頻繁に訪れており、自然の中で音楽を着想するのを好んだ彼らしく、のどかな旋律、郵便屋がラッパ(ポストホルン)を吹き鳴らしながら馬車で疾走するような軽快なリズム、狩の角笛がこだまする様子など、音楽と自然が融和する心地良さがたまりません。第3楽章ではドイツの古いコラール(歌)が登場し、同年に亡くなった母親への追悼の意が込められているようです。この作品と一曲目のヒンデミットでは、主なる調性が一致しており、Es(ミ♭)の響きがコンサート前半の統一感を演出します。
余談ですが、ヴィオラはホルンより音が小さいので、共演者たちからは、私だけスピーカーを付けて弾いたら?などと冗談を飛ばされました。最近は楽器ケースの中で眠っていることが多い管弦楽用の強い弓を宝箱から取り出す時が来たようです。ヴィオラ転向時からずっと使い続けている頼もしい相棒です。
ミヨー : ソナチネ 作品226
ヴァイオリン共演者の緒方恵さん(以下、めぐ)は同級生です。ヴァイオリン界で初めて博士号を取得した頭脳の持ち主で、在学中は少し遠い存在でしたが、紅茶好きという共通点を見い出して以来、親友的存在になりました。当会の前身のサロンコンサート時代も献身的に協力してくれたお陰で今日があります。
二重奏を一緒に演奏する機会が何度もありました。めぐの的確な楽曲分析と高い演奏技術から多くを学ばせてもらい、いつしか二重奏は重要度の高い宝物の一つになりました。そのレパートリーに加えるつもりで10数年前に楽譜を入手してあったダリウス・ミヨー(1892〜1974/フランス)のソナチネ、やっと本日お披露目できます。モヤモヤ解消、第三弾。
ミヨーはもともとはヴァイオリニストを目指してパリ音楽院に入学したものの、最新の音楽に刺激を受けて作曲科に転向しましたが、彼にはすでに独特の和声感覚があり、因習的な和声法の成績は悪かったようです。彼はバッハの或る作品に異なる二つの調が同時に存在していることに気づいてビビビッ!ときて、以来「多調音楽」に没入することになります。彼の作品はユニーク、滑稽と評されることが多く、生涯に約450曲も世に出しました。
ユダヤ系であったためアメリカに逃れた1940年に書かれたソナチネもやはり多調音楽として書かれていますが、時折り半音階的指向性が強まって複雑な音調も聞こえます。構造的にはバッハを規範とした対位法やフーガ技法が用いられています。二つの旋律がヴァイオリン(高)、ヴィオラ(低)という先入観にとらわれることなく音域を入れ替えながら流れていくあたり、彼の自由な発想力が伝わってきます。自分はこの曲に人間臭さを感じ、各々が好き勝手に喋っているようで、実は調和しているという展開は、あたかもめぐと自分の関係を表しているように思えて可笑しくなります。また、第2楽章のヴィオラの哀しげな旋律は、実は本日の”隠れ”メインディッシュかも・・。
アルベニス : イベリアより「エル・アルバイシン」
ここで長尾氏の独奏をお聴き下さい。本日販売のCDにも収録されています。
次に、ご本人に書き下ろしていただいた曲紹介を載せました。
フランク : ヴァイオリンソナタ
「近代スペインの作曲家イザク・アルベニス(1860〜1909)のピアノ曲「イベリア」は4巻全12曲からなる、最晩年の傑作である。各曲のタイトルはスペイン、それも多くはアンダルシア地方の地名や舞曲からとられているが、本日演奏される「エル・アルバイシン」はグラナダのロマの居住区の名である。イスラムの香りも漂うこの曲にはフラメンコのギターやカスタネットを思わせる部分もある。エキゾチックでありながらドビュッシーの影響もまた濃厚である。」
フランク : ヴァイオリンソナタ
「一度も演奏したことがなかったのに、もう何十年も弾いてきた気がする・・。」1ヶ月ほど前、長尾氏のご自宅での初練習の時は実に不思議な感覚でした。長尾氏は私の演奏を「男っぽい!!」と評しました。実は本日の公演を立ち上げようと考えた最大の動機が、コロナ禍の中で湧き上がった「フランクのソナタを演奏するまでは死ねない」という想いでした。ソナタの人気ランキングでダントツ一位に輝く世界のお宝を、自分も少女期から夢中になって聴き、その熱は若き日のチェロ奏者ヨーヨー・マ氏の熱演に接したところで極まりました。その時の印象のまま弾いた結果が長尾氏の評だとすぐに気づきましたが、まあいいじゃない、自分はもともと色気ないんで。
セザール・フランク(1822〜1890/フランス)は、ベルギー(当時のオランダ王国)リエージュ出身ですが、青年期にパリに移住し、やがてフランス市民権を得たのでフランスの作曲家に分類されます。パリ音楽院で学んだ後、教会オルガン奏者や教職を歴任し、サン・サーンスらと共にフランス国民音楽協会の設立に関わりました。晩年の1885年頃からこのソナタを含む珠玉作品を次々と発表しました。
フランクと言えば「循環主題(循環形式)」。主題旋律を曲全体にわたって登場させる作曲技法です。またオルガン奏者としての経験に拠ると思われる美しいハーモニーの連鎖、これら二つの要素がフランクの音楽の個性を決定づけています。ヴァイオリンソナタは、先ほどのブラームスと同じ楽章構成(緩-急-緩-急)を用いており、それぞれ喜-怒-哀-楽を感じます。終楽章では、ピアノが先行するカノン主題に続き第1〜3楽章の全旋律を再登場させて、それらを見事に交錯させていきます。まるで過去の想い出を整理しているようで、まるで本日の自分自身ではないですか。幸せな未来を暗示するような晴れやかなフィナーレで、世界中の皆の幸せを祈りながらコンサートを締め括りたいと思います。わが半生のほとんどを占めていた巨大なモヤモヤも解消できて、残りの半生の宝箱の中身を楽しみにして・・・
P.S. ヴィオラでの演奏は、音色が強くて深くなります。ヴァイオリン演奏も聴いてみたい方は、「Ripple 14(7月23日)」にもぜひお立ち寄り下さいませ。
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